私の本質は変化

この間、うん十年ぶりにディズニーの「ダンボ」を見た。
今までダンボちゃん自体はまぁ可愛いと思っていたけど、作品に対してさしたる興味はなく。
特に好きでもないし、もちろん嫌いではないけど、、、という位置付けの作品だった。

でも、久しぶりに見返したら、作品にあまりに共感しすぎてしまって涙を止めることができなかった。
ダンボにも、ジャンボ(ダンボのおかあさん)にも、気持ちが入りすぎてしまってつらいくらいだった。
あぁ、私は変わってしまったんだなぁと痛感した。
子供の頃は何にも感じなかったのに不思議だなぁ。
きっと私はいつのまにか母になってしまったんだ。そう思った。
そしてそれは、またひとつディズニーの中でも「特別なもの」が増えた日に違いなかった。

それからしばらくして、家族でウォルトディズニーワールドに行ってきた。
私と夫にとってそれは約五年ぶりのWDW旅行でした。そして、子供と行くはじめてのWDW。
はたしてそれは、私が体験してきたのと同じ場所への再訪だったのだろうか?
答えは否だった。
なんだか見る風景全てが違う世界のように思えた。
でも、違ってしまったのは自分なのだと知った。

今までの自分ひとりだったり、夫婦ふたりだけのパークの楽しみ方とは全然違っていたから、その変化に少しの苛立ちを感じてしまったのは事実だった。
あまりに変わってしまったから。
全てが。
それに変化というものにはいつも慣れないよね。その変化の速さについていけない瞬間瞬間も正直あった。
でも、私を素通りして娘をあやすミッキーをみて、本当に嬉しかったから。
何度か積み重ねたWDWの思い出の全てが「娘」に置き換わってしまったようだった。

全ては大きな流れの中で静かに、しかし確かに、変わっていったと思う。

変わっていく私の全てを受け入れてくれるディズニーの土壌の広さにまずは感謝したい。
この日のために私に「ダンボ」という作品を用意していてくれたこと。
新しく書き換わってしまったWDWの思い出の全てに、ありがとうと言いたい。

一年後、五年後、十年後、二十年後、死ぬ日までまた私は少しずつ、時に大きく変わっていくのだと思う。
自分でも気づかない想像もつかない方向へまた、流れていくと思う。
でも流れ着いたその先、その時、ディズニーは変わってしまった私にもまた適切な喜びを用意してくれると信じている。
それを見逃さずに受け取って行きたいと思う。

ありがとうございました。