進撃の巨人の最終回で絶望した

ºoº この記事はおおよそ 7 分で読めます ºoº

=以下ネタバレ・6月の単行本派の人は読まないでね=

進撃の巨人、完結しました!
しばらく前からWEBで単話を買っていて、毎月楽しみに読んでいた。
んでついに最終回。
終わり方としてはとても綺麗で、だいたいの伏線も回収したのかなーって印象。
ラストシーンの立ち絵なんかも、割と美しいなと感じました。
諫山先生、本当にお疲れ様でした。

でもやっぱ、今書かないとダメかなって思ったので書く。
自分でもまだ消化しきれなくて上手く書ける気はしないのだが・・。

まずね、「作家」と呼ばれるような人たち、それは小説でも漫画でもラノベでも映画監督でも劇作家でもなんでもいいんだけど。
とにかく、架空の物語を書こうと決めた人たちはこれから、ただ単にお話を作るだけではだめだと思った。
常に「時代性」というのも考慮しないと本当にダメなんだ。

作家自身が、「いや、自分は時代性とは関係なく、より普遍的な、百年後にも通用するような物語を描く!」と決めたとする。
別に作家がそう決めて、作品と時代性を切り離すなら切り離すでそれでいい。
でもどうやったってリアルな読み手は百年先の人間でも、百年前の人間でもなく、常に現代の人間なんだからやっぱ作家自身の内側に「今」の視点を持ってないとだめ。
もうね、本当に、ダメ。

進撃の巨人の最終回の、何がダメだったかはっきり書く。
ハンジの視点、アルミンの視点、それらでもってホロコーストを否定しながら、でも結局世界の8割の人間を殺しちゃったのがだめ。
やっぱ今の時代はそれだけは否定し続けないと・・!!
先生がそう決めて、ホロコーストを描き切ると決めたならそれもいいと思う。
私はその選択を支持する。
でもその場合は、この物語は最悪の悲劇のものがたりとして描き切らないと。
エレンを木の麓に安らかに埋葬させたりなんかしたらだめ。
そこには石を投げ続けないとだめなの。

2021年、本当に難しい時代がまた到来している。
日本国内でもやまゆり園のことがあって、海外でもネオナチの再びの台頭、それに中国のウイグル問題だってある。
チベットのこと、香港のこと、なんにも前進していない。
それに、進撃はどこからどう見ても、過去のユダヤとナチスドイツの問題をひとつのテーマに描いていたよね。
この歴史を、現代にふたたび問いかけたのだと私はずっと思っていた。
なのに先生は、結局歴史と同じことを描いた。
繰り返す悲劇を描くならそれでいい、でももし描きたいなら、しっかりそこ(ホロコーストの歴史)は否定しないと!!
ただ単に繰り返す歴史のことを、ふたたび架空の物語のなかでなぞっても、それじゃあなんにも意味がないよ!!

進撃の巨人はむずかしくってさぁ、連載が11年。
おそらく連載スタート時に最終回の緻密なプロットまで組まれて走り出している。
だから私が読んだ最終回は、おそらく12年とか、13年前にはもう完成していたのだろう。
だから、別に先生の時代感覚を責めるつもりはなくて、、、
なんて言ったらいいのかな・・
ちょっと難しいな。

ちょっと今、言葉にするのは私には難しいのだけど、とにかくこの最終回を「いい話」とか「感動した」なんて、受け入れたらダメ。
それだけは今日、書きたかったかな・・・。

現代において、物語を作るってことは、すごく、すごく難しいなとふたたび思った。
たった十年前、二十年前だったら無邪気に受け入れられたお話も、今はそうもいかないことが多い。
時代はより複雑で、ほんのちょっと前にはなかったような多様性をより深く求めている。
真実を求めるのは常に難解で、労力を要し、でも、そこでめんどくさいなとか、ややこしいなって、諦めたらダメなんだと思う。
複雑で難しい、だからこそ、よりよりものを私たちは求めて行ける、究極そう思うしかないと思う。

あとね。作家の選択によっては「時代性」を無視し続けることも可能だと思う。
でも無視したことによる評価も、おのずと受けないといけないんじゃないかな。
とにかく、私が訴えたかったのは、絶対に、なにがあっても、たとえ物語のなかだとしても、大量虐殺や戦争の肯定はダメ。
一番に愚かなことだと、訴え続けないと。

なんとなく、そう書きたかったです。
今日は。

=2021/4/15・追記=

進撃の巨人が私に残した胸の一点の黒い染みは、日を追うごとに私の心を徐々に暗く染め上げていった。
今朝になってそれはついに、絶望と呼ぶべき真っ黒な存在になって私の心を覆い尽くした。

泣けてしまった。
悲しくて。
恐ろしいことだ・・・本当に。
こんな恐ろしいことはない。

私を絶望へと導いたもの
①読者の反応
おおむね好評であった。
私が上記に書いたのと同じような感想を抱く人もあれど、それはかなりの少数で、私の体感で1割、いや、もっと少ないんじゃないかな・・・。
ぞっとした。
これこそが現在日本、そのものを現している・・・。

②作者を止めることができなかった担当編集とマガジンの罪
どうして。どうして誰も諌山を止められなかった・・!!
編集と編集長、雑誌に関わる全員の責任が重すぎる。

③本当にこれは、「国際問題になっておかしくないくらいの話」だと私は思うんです。
決して、話を大きくしたくてそう書くのではありません。
例えば。例えば、本当にこんなことは言いたくないのだけど、どうか聞いて。
アメリカ人作家が、第二次世界大戦の日本をテーマに物語を書いたとする。
主人公は日本人か日系か、ともかくラストで原爆が落ちて、主人公が「必要な犠牲だった」とか「この原爆によって戦争が終わった」とか、発言でもいい、そう読みとれるような描写があったとする。
・・・普通に嫌でしょう?
そんなの、ムッとするでしょう、日本人だったら誰でも。
何言ってんだお前?アメリカ人のくせに広島の痛みのなにがわかるんだ?ってイラッとくるでしょう?

残念ながら進撃の巨人の単行本最終巻は、この後ドイツでは発禁になるとおもう。
ならなかったら逆にヤバイと思う。
本当に、そんくらいのヤバイ話なんだよ、って、本当は日本人みんなで声をあげて言わなくちゃいけないのに、なんかみんな雰囲気に飲まれてしまった。。
なぜって、この物語の終わりがあまりに美しかったから・・・!
そう、それはまさに私もこのブログの冒頭で書いたのだ。
【終わり方としてはとても綺麗で・・・】
「この物語のエンディングはあまりにも美しすぎる」のがひとつの大きな問題なのに・・・。

しかもあろうことか「コレ、まずいよ」ってわざわざ言ってくれる海外勢にファンダムの人口9割が「これは諌山先生の物語で、外人が口を出す話じゃない」って言っちゃった。
これは本当にまずいことだ。
【もし諌山先生がこの物語を、誰に何を言われても良いと願い書きあげたかったのならば、せめてユダヤを想起させる描写から遠く離れるべきだった】
純和風の世界観でもいい、ともかく、誰がみても、これはユダヤともナチとも関係ない別世界のファンタジーねって、思わせなくちゃいけなかった。
あの壁、あの腕章。
進撃は、誰がどう見てもユダヤが辿った歴史をテーマの根幹のひとつとしていたでしょう・・・。
ねぇ、自分がなにをやっているのか、本人も編集も、誰も、わかっていないのでは??
自己の世界に没入しすぎて、今、世界をとりまく周りの現状がひとつも見えていないのかも知れない。
そう思った。

しかし、一番怖い説はこれだ。
諌山先生は、私達のこういうザワザワとした反応も見据えてあのラストを書いている。
この話の終わりに熱狂する私たち観客、それも含めて本物の戦争を描いている。
大量虐殺しておいて、弔われ、誰かに感謝される。
みんながふわぁっと熱狂し、感動する。
(そうだ。本当は、人間の中に秘められ隠され、しかし突然あわらになるこの残忍性こそ、正真正銘の戦争の現実なのかもしれない)
・・・恐ろしい妄想だけど、もしこれが本当だとしたら諌山は本物のサイコパスだから、どちらにせよお触り禁止案件だし、この人に筆を取らせてはいけない。
読んでもいけない。つまり進撃は発禁。

あーあ、久しぶりにぞっとする物語を、ホラーでもないのに真面目に読んでしまった。
こんなものを何年にもわたって心底心酔して読んでしまったのか。
がっかりを通り越して、情けなくなった。
悲しい。。
このあとアニメでこの地獄が再生産され、無知な若年らがふたたび熱狂していくのかと思ったら本当につらくなった。
誰か、ひとりでもいい、この地獄に気がついてアニメではどうか止めてくれ・・・。
マガジン編集部がダメだったんだから、ダメだろうな・・・。
悲しい。
あまりにも悲劇だ。

=2021/4/16・追記=

「ネオナチの聖地」、ヒトラー側近の墓を撤去 ドイツ

何が問題なのかわかっていない人が多すぎる。
墓で弔われることが現代においてどういう意味を持つのか、ヒトラーに墓なんてない、それがどういうことか、再考されたい。
本当に、今の日本の国際感覚の欠如。あまりに低すぎて絶句する。。。
だからこそ、そのような民衆のなかから、こういう結末を描く作家と少年雑誌がでてきてしまうのだとも言える・・
悲しいが、これが日本の現実である・・・。

私は進撃の巨人がそこそこ好きだった。だからこそこの記事を書いている。
愛があったから書いている。
・6月の単行本化までに担当編集者とマガジン編集部がこの問題に気づく
・来るべきアニメ化において本誌の悲劇再来を防ぐ
この二点を今は願いたい・・