ウェンディ・ダーリングはもう飛べない

「大人になった日のことを憶えていますか?」

それはいつ、何年何月の何時何分。
自分が一体いつ大人になったか、覚えている人っているのかな?
二十歳(ハタチ)の誕生日をそう覚える人もいれば、成人式の日、初めてタバコや酒や、人との交わりを得た日、子を成した日・産んだ日、それは人それぞれだろうが、ともかく私はそれを忘れてしまった。
自分がいつ大人になったかは覚えていない。
いや、正確に言えば、私はまだ子供のままなんだろうと思うけど。

それでもぼんやりと思い返せば、ひとつふたつ、みっつよっつの、あぁ、あの日に自分のステージが確かに前の日からは変わってしまったな、と思う日はあるのだ。
ひとつはあの日だ。
トゥーンタウンのスプリングロールを、一人で一気に五本だか六本だか食った日だ。

いつの頃からか私はスプリングロールが好きだった。
私がディズニーランドに行く日は大抵が真冬の寒い日で、親に買ってもらったそんな日のスプリングロールは、私にとって純粋な喜びのカタマリであった。
おかずでもない、洋風の味付けをしたおやつ代わりの春巻き。
なんて洒落た食い物なのだろう、とずっと思っていた。
焦る気持ちを隠してなおもやけどした舌先で、はふはふパリパリと必死に味わうと、あっさりとそれは無くなった。
でも「もう一本買って」の一言が、自分を貧乏と知る私にはついぞ言えなかった。そんなことを親には言えなかったんだよね。今思うとほんと、いじらしいんだけど。
だから大人になって働いた金で買った年パス一年目、私はこっそりと遂行したんだ。
自分で働いた金で死ぬほどスプリングロールを買って、食った。
憧れだったスプリングロール大量買いをしてすごく満足したけれど、ちょっと気持ちが悪くなったのを覚えている。

あれから十数年経った。
やっぱり私はスプリングロールが好きだ。
ワンデーで入る時も時々は食べていたけど、つい昨日、数年ぶりに食べてみたら、なんだか拍子抜けしてしまった。
食べて数口目でひどく脂っこく感じたんだよね。
中の具もやけにべたべたして、味なんかもうしょっぱいだけで、こんなもんだったかなぁって。(ちなみに私はエッグ&シュリンプ派、ね。)
やっぱどう考えてもこれ、酒もない40代の胃袋にフィットすると思えない。
あぁここにビールがあればまだ食えるのに、と心底思った。
最後の一口なんかもう胸焼けがする思い。

昨日はそんなんでなんかもう、食べ終わってみたらなんか無性に寂しかったな。
悲しいとも違うけど、切ないと言うか。
こんな自分にもそれなりに長い40年というこれまでの人生があった訳で。
まぁ様々な人生のフィールドを渡り歩いてきたわけだけれど、まさかスプリングロール食えなくなっちゃう日がくるんだなって。
いろんな出会いや別れも知ってきたし、人生が変わっていくということも知っていたけれど。
でもやっぱ、スプリングロール食えなくなっちゃうのはショックだった・・・!
そりゃまぁこの年にもなれば、安くて美味しいもん、逆に最高に高くて特別に旨いもんってのも一通り知るわけで。
ま、そのどっちでもないよな、これ。と妙に冷めた気持ちで黄色の油染みたパッケージを眺めてしまったのだった。

これが大人になるってことなら切ないけれど、でも受け入れるより他ないわな。
スプリングロール。ずっと好きでした。
今日が別れの日だとしても、やっぱりあなたのことを嫌いにはなれない。
さようなら私の青春の1ページ。
さようならどうか思い出の中では輝いて。